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東京地方裁判所 昭和30年(行)60号 判決

原告 保全経済会こと伊藤斗福破産管財人 長瀬秀吉 外四名

被告 日本橋税務署長

訴訟代理人 家弓吉己 外六名

主文

原告等の請求を棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

当事者双方の申立、主張並びに証拠の提出及び認否は別紙のとおりである。

理由

保全経済会こと伊藤斗福(以下単に破産者という)が昭和二十九年五月七日午後一時当庁で破産の宣告を受け、同時に原告等がその破産管財人に選任され、右決定が同年七月二十日確定したこと、被告が破産者に対し原告等主張の日にその内容の各源泉徴収所得税の徴収決定をしたことはいずれも当事者間に争がない。

そこでまず原告等の主張するようなかしが存在した場合に被告のした右各徴収決定が無効であるかどうかについて考えてみよう。

国家機関がその権限に属する事実についてした行政処分が無効であるのは、その処分に関するかしが重大であつて、かつ外観上も明白である場合に限るものと解する。公法に基く権力関係の立場からなされる行政処分は、総じて国民の権利義務に大きな影響を及ぼし、国民は国家機関のする処分を信頼してじ後の生活関係を形成するし、国家機関もその処分を前提として行政を運用するし、その効力の及ぶ範囲は極めて広範囲であることが多く私人間になされる私法上の法律行為の比ではない。このような性質をもつ行政処分の効力をいつでも左右することができるとすると、行政における法的安定は害され、国民の国家に対する信頼はうすれ、行政も円滑に運用することができなくなる。そこで私人とは異なり公共の立場になる国家機関によつてなされる行政処分は一応有効なものであると推定されるのである。ところでこのように一応有効視される行政処分にかしが存在する場合において、そのかしが重大でなく軽微なものに過ぎない場合においても直ちにこれを無効とすることは行政処分の右にのべた性質に反することになるし、また客観的に重大なかしが存在する場合においてもそのかしの存在が誰でもが認識判断することができる程度に外観上に明白でなく、行政庁または裁判所の認定によつてはじめてかしがあることが明らかとなるような場合には、一定の手続により権限を有する行政庁または裁判所の判断を経てその効力を画一的に定めることがその性質上合理的な解決というべきである。それ故に行政処分が当然無効であるといつてその効力を否定することができるためには、その処分に存するかしが重大であつて、かつそのかしの存在が外観上明白であることを要し、かしが存在しても、右の二つの要件を充足しない場合には、そのかしを理由に取消の問題を生ずるかどうかは別として法律上当然無効ということはできないものと考える。

原告等は、被告のした各徴収決定には、破産者と出資者との法律関係が匿名組合契約或いはこれに準ずる契約ではなくて、消費寄託契約であり、破産者に支払つた金員は利益の配当ではなくて確定利息であると主張している。

所得税法第四十三条、 第四十二条、 第一条第二項第三号、同法施行規則第六十四条によると、税務暑長は、所得税法の施行地において事業をなす者に対する出資につき匿名組合契約及びこれに準ずる契約で命令で定めるもの(匿名組合契約等)に基く利益の分配につき支払をなす者が、その支払をなす際支払うべき金額に対し百分の二十の税率を適用して計算した税額の所得税を徴収し、その徴収の日の属する月の翌月十日までに、これを政府に納付しないときは、国税徴収の例により支払者から徴収することになつている。すなわち税務署長は支払をなす者が出資者との間に匿名組合契約等を締結しているかどうか、その契約に基いて利益を分配しているかどうか、その利益の分配について所得税法所定の所得税を納付したかどうかを調査し、その条件を具備すると認めた支払をなす者に対してのみ源泉徴収所得税の徴収決定をなすべきことは明らかであるが、その支払をする者と出資者との間の契約の内容が前記匿名組合契約等であるのか、消費寄託契約であるのか、従つて支払われた金員が利益の分配であるのか或いは確定利息であるのかは、右両者が判然と区別のできる異種類の契約の類型ではなく逆に同種類の契約の類型であるためにそのいずれであるかはその契約当事者間の意思等を探究して事実を認定した後はじめて決定しうる問題であるのでそのいずれに該当するかについて外観上誰でもがすぐさま誤まりの存することを認識判断できるような問題ではない。従つて本件徴収決定をするについて被告が、原告等の主張するように認定を誤まつて、客観的に匿名組合契約等に基く利益の分配をしていない破産者に源泉徴収所得税の徴収決定をしたとしても、これを理由に取消の問題を生ずるかどうかは別としてそれをもつて本件徴収決定を無効ならしめるような明白な違法があるということは到底できない。

このように原告等の主張自体によつても、被告のした本件徴決定が無効であることを認めるに足りないから、その他の点については判断するまでもなく、原告等の請求は理由がないから棄却すべく、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟特例法第一条、民事訴訟法第八十九条、 第九十五条を適用して主文のように判決する。

(裁判官 石田哲一 地京武人 井関浩)

(別紙)

第一申立

(一)原告

(1)  被告が保全経済会こと伊藤斗福に対して昭和二十八年十月三十日にした同年八月分の源泉徴収所得税金八、五二〇、九七一円及び同年九月分の同税金一七、六五〇、九八一円の徴収決定並びに同年十二月一日にした同年十月分の同税金一一、四五〇、七七五円の徴収決定はいずれも無効であることを確認する。

(2)  訴訟費用は被告の負担とする。

(二) 被告

原告の請求を棄却する。

第二主張

一、請求原因として原告の陳述した事実

(一)保全経済会こと伊藤斗福(以下単に破産者という)は、昭和二十九年五月七日午後一時東京地方裁判所で破産の宣告を受け、同時に原告等がその破産管財人に選任され、右決定は同年七月二十日確定した。

(二)これより先被告は破産者に対し、昭和二十八年十月三十日破産者が匿名組合契約等に基く利益の分配として同年八月中に金五二、六〇四、八五六円、同年九月中に金八、八二五四、九〇五円を支払つたとして八月分源泉徴収所得税金八、五二〇、九七一円、九月分同税金一七、六五〇、九八一円の徴収決定をし、同年十二月一日同様に同年十月中に支払つた金五七、二五四、一七九円に対する十月分源泉徴収所得税金一一、四五〇、七七五円の徴収決定をした。

(三)しかし、破産者は、後記とおり一般大衆から消費寄託契約により資金を集め、その寄託金に対する利息として、寄託者に対し被告が認定した金額を支払つた事実はあるけれども、匿名組合契約等を締結したことはなく、利益の分配をしたこともないのであるから、右各決定は課税対象とならないものに課税した重大な違法があつて無効のものである。

(1)  破産者は、昭和二十五年四月頃より東京都台東区黒門町(同年十二月同都中央区橘町九番地に移転した)に事務所を設けて、保全経済会なる商号の下に一般大衆より資金を集め、これを株式及び不動産に投資し或いは子会社、連鎖会社に対する投資を行い、資金の提供者に一定の金員を支払つて利殖事業を営み、その資金蒐集額は昭和二十五年末には九、〇〇〇万円であつたが、昭和二十六年末には一〇億円となり昭和二十八年十月破産者が支払を停止した当時には四〇数億円の巨額に達した。

(2)  本件徴収決定の対象となつた昭和二十八年八月から十月までの金員支払の基礎となつた破産者と資金提供者の間の契約約款の要旨は、次ぎのとおりである。

(イ) 破産者は出資金を受けとつたときより契約上の責任を負う。

(ロ) 契約期間は三箇月又は六箇月とする。

(ハ) 破産者は出資金額に対し所定の配当(一箇月二分の割合)をする。

(ニ) 破産者は証(利札)を交付する。

(ホ) 破産者は満期と同時に出資金を返還する。

(ヘ) 破産者は証と引換えに配当金を所定日に支払う。

(ト) 破産者は満期前の中途解約には応じない。

(チ) 破産者は出資証書の売買、譲渡、質入、担保等権利の移転は一切認めない。

この約款によつて加入申込書に現金を添えて提供の申入があつたときは、破産者は利札証三枚(期間三箇月のもの)又は六枚(同六箇月のもの)を同綴し、裏面に右約款を記載した出資証書(甲第四号証の一参照)を交付した。

(3)  右約款により破産者と資金提供者との間に締結された契約(以下単に本件契約という)は、匿名組合契約には該当しない。

(イ) 匿名組合契約は当事者の一方が相手方の営業のために出資をし、その営業から生ずる利益を分配することを約することによつて効力を生ずるもので、その出資者は隠れたる営業の参加者である。しかるに本件契約においては、資金の提供者は不特定多数人(休業当時には七万余人である)であつて破産者のために出資し、その営業に参加するという観念はない。

(ロ) 匿名組合は諾成契約であるのに、本件契約は約款に「出資金を受けとつたときから契約上の責任を負う」((2) (イ))として要物契約であることを明らかとしており、契約の本質を異にする。

(ハ) 匿名組合契約は営業者の営業から生ずる利益を分配することを目的とする契約であつて、営業年度の終りにおいて利益があれば配当し、その組合員は出資金が損失により減少したときは、これを填補した後でなければ利益の分配を受けることができないのに、本件契約では約款に「出資金額に対し所定の配当を行う((2) (ハ))「証と引換えに配当金を所定日に支払う」((2) (ヘ))と定め、破産者の営業の利益の有無にかかわらず、必ず一定率の金額を出資証書に綴つてある証と引換えに一月毎に支払うことを定めているのであるから、利益の配当とは到底いえず、利息の支払というべきものである。

(ニ) 匿名組合契約では、その契約終了の際損失があるときは営業者はその残額を出資者に返還すれば足り、出資者は損失分担の義務を負うのに反し、本件契約では、約款に「満期と同時に出資金を返還する」((2) (ホ))ことを約しておつて、事業の成功、不成功、利益の有無を問わず、出資金全部の返還を約しているのであるから、出資者は損失分担の義務を負わず匿名組合の本質に反している。

(ホ) 匿名組合契約では、組合員は営業年度末に営業時間内に営業者の財産目録及び貸借対照表の閲覧を求め、且つ業務及び財産の状況を検査をすることができるのに、本件契約では、資金の提供者はこのような権利を行う意思もなく又全国二百余箇所にある営業所の業務及び財産の状況を検査することは不可能である。

(ヘ) 本件契約の期間に約款で三箇月又は六箇月と限定されている((2) (ロ))が、六箇月というのは凡ゆる企業の最短の事業年度である。営業者とが共同で事業をし、その事業より生ずる利益の分配を受けようとするものが、僅々六箇月を共同事業とすることは到底あり得ないことで、更に三箇月というのは事業年度とさえいえないものであつて、この点からみても本件契約は匿名組合の形態を有しない。

(ト) 本件契約は約款で出資証書の移転を認めないと定めている((2) (チ))が、これは丁度銀行の通知預金、定期預金と同一の取扱いをしており、これら預金証書が消費寄託を証する証書であるように本件出資証書もこれと同一性質のものである。

このように本件契約は一つとして匿名組合契約の要素を備えていないのであるから、匿名組合契約とは到底いうことができず、約款に「出資」「配当」という文字が使われていてもそれは厳密には「出資」「配当」という性質を有しないものといわなければならない。

(4)  本件契約は匿名組合契約に準ずる契約にも該当しない。所得税法第四十二条第三項の「匿名組合契約等」というのは、同法第一条第二項第三号の「匿名組合契約及びこれに準ずる契約で命令で定めるもの」を指し、これを受けて施行規則第一条には「所得税法第一条第二項第三号に規定する匿名組合契約及びこれに準ずる契約は営業者が十人以上の匿名組合員と匿名組合契約を締結している場合の当該匿名組合その他当事者の一方が相手方の事業のために出資し相手方がその事業より生ずる利益を分配することを約する契約で当該事業を行うものが十人以上の出資者と締結している場合の当該契約とする」と定めている。従つて匿名組合契約に準ずる契約も事業者が相手方とする契約であつて、この事業者には商法上の営業者以上の事業者をも含むのではあるが、事業者が相手方より出資を受けてその事業より生ずる利益を相手方に分配することが要件となることは、匿名組合契約と同様である。ところが本件契約は前記のとおり出資、事業から生ずる利益の分配等の観念はないのであるから、右匿名組合契約に準ずる契約にも該当しないことは明らかである。けだし一定の法規を類推適用し、準用することが認められるのは法律事実が類似するか又はその一部が同一或いは共通する場合に限られるからであつて、その事実を異にし(本質において相違する場合には許されないからである。

(5)  破産者は創業以来全然利益をあげていないのであるから利益の分配はできなかつた。破産者は前記のとおり一般大衆より資金を吸収して、これを株式不動産或いは子会社、連鎖会社に投資したが、昭和二十六年から昭和二十七年にかけてのいわゆる株式好景気時代には個々の取引においては多少の利益はあつたが、昭和二十七年後半から昭和二十八年にかけての株価の暴落で多大の損失を受け、不動産への投資は主として事務所及び店舗の開設むにけられたため固定し、投資した子会社は一、二を除き確実なものはなく、一方全国の営業所は二〇一箇所職員も一、三〇二名に達した。このような経営方針の乱脈と異常な営業経費のため収支償わず各会計年度は終始赤字であつて、約款に、よる配当は後の出資によつて賄つていたのである。

営業年度

原告調査額(円)

東京地検調査額(円)

25 四、二五~一二、三一

26 一、一~二、三〇

26 一二、一~27 五、三一

27 六、一~九、三〇

〃 一〇、一~28 三、三一

28 四、一~九、三〇

28 一〇、一~29 五、七

合計

五二、九六一、一一四、七七

三一一、九一一、五一一、九六

三六六、五三七、一四七、四三

二九八、八〇六、九七三、九一

六〇五、〇八三、〇八三、九二

七九二、二七六、九七六、三九

一、一七二、〇五九、五三五、六二

三、五九九、六三六、三四四、〇〇

三五、二〇九、五〇〇、一一

三一三、五八五、〇三八、五九

三八八、二九七、九七九、一〇

三三〇、三五五、七七六、八二

六〇一、〇一二、九一八、七九

一、〇六〇、〇四五、九九九、三九

二、七二八、五〇七、二一二、八〇

原告等が調査した破産者の各期の損失額は次表上段のとおりであり、東京地方検察庁が破産者に対する詐欺被告事件で調査した昭和二十五年四月二十五日から昭和二十八年九月三十日までの各期損失額は次表下段のとおりである。

これらの数額は絶対に正確であると断言できないが少くとも各期において莫大な損失を生じていることは明らかである。このように利益がないのに配当したのは、それが利益の分配ではなく、利息の支払であつたからである。

(6)  本件契約は消費寄託契約である。

前記のとおり本件契約の解釈上も消費寄託契約であることが明らかであるが、当事者の意思もまた破産者の事業に出資し、その営業をともにするとか、その営業から生ずる利益の配当を受けるとかの意思は全然なく、資金の提供者は破産者に一定の金員を出資し、破産者は利益の有無にかかわらず毎月確定した利息を支払い、かつ満期に元金を返済するとの意思即ち消費寄託として契約しているのである。このことは次の事実からも明らかである。

(イ) 昭和二十八年十月二十四日破産者が休業すると、資金の提供者は出資金の返還及び利息の請求のため支払命令、訴、仮差押等を提起し、その数が会計四三一件(債権者数一六一六名に達したこと。

(ロ) 破産菅財人が債権調査の期日に本件契約による債権を消費寄託とみなし、これに対する利息を年一割と限定したことについて全出資者はなんら異議を述べなかつたこと。

(ハ) 破産者も昭和二十八年八月以後においては期間を六箇月とする契約には最高一〇〇万円の懸賞を付していること。

(7)  このように本件契約は匿名組合契約又はこれに準ずる契約ではなく、消費寄託契約であるというべきであつて、破産者が右契約に基いて支払つた金員は利益の配当ではなく、利益と解すべきであるから破産者は所得税法第四十二条第三項に規定する源泉徴収義務を負わないというべきである。従つて被告が破産者に対し右支払が所得税法第四十二条第三項の利益の分配に該当するとしてした本件徴収決定は、重大な違法があるから無効である。(吉田昴「保全経済会をめぐりて」(経済法律時報一巻四号二〇頁、大橋光雄「保全経済の法律的性質(一)(同誌五四頁)津田実「刑事面より見たいわゆる街の金融機関(同誌一巻三号一三頁)高橋勝好「匿名組合と匿名組合方式の利殖機関」(判例タイムズ三四号七頁、第一九国会行政監察特別委員会議録一二(村上朝一)名古屋地裁刑ニ判昭和二七年五月一七日等参照)

(四) しかるに被告は、右徴収決定に基いて昭和二十八年十一月十一日以来数回に亘つて破産者の財産に対し滞納処分を執行しているので本件各決定の無効であることの確認を求めるため本訴に及ぶ。

二、請求原因事実に対する答弁及び主張として被告の陳述した事実

(一) 請求原因(一)、(二)記載の事実は認める。同(三)記載の事実中(1) のうち破産者が昭和二十五年四月頃より原告等主張の場所に事務所を設け、一般大衆より資金を集め、これを原告等主張の方法で投資し利殖事業を行つていたこと及び同(二)の事実は認めるが、その他の事実及び原告の法律上の主張は争う。同(四)の事実中、被告が本件徴収決定に基き原告主張のように滞納処分をしていることは認めるがその他は争う。

(二) 原告等の主張はそれ自体理由がない。

行政処分はそれが事実上又は法律上不能に属する事項を目的としているような特別な場合を除いては、その処分に重大かつ外観上明白な瑕疵のある場合に限つて無効であるが、単に違法というだけでは無効とならない。(最高裁判所昭和二十九年六月十七日判決昭和二十八年(オ)第八号事件、同昭和三十年十二月二十六日判決昭和二十六年(オ)第八九七号事件、同昭和三十一年八月十八日判決昭和二十五年(オ)二〇六号事件、美濃部達吉著日本行政法上巻二九二頁等参照)ところで原告等の主張による破産者と出資者との法律関係が匿名組合契約或いはこれに準ずる契約ではなくて、消費寄託契約であり、破産者が出資者に支払つた金員は利益の配当ではなくて確定利息であるというのである。このような破産者と出資者との法関係律及び支払われた金員の法律上の性質は、定款、出資、約款、勧誘のための宣伝及び当事者双方の意思或いは契約の持つ経済的意義等諸般の事情を総合してはじめて確定することができるものであるから、外観上明白であるということはできない。従つて仮りに原告主張のとおりの事実があつたとしても、本件徴収決定は匿名組合契約等に基く利益の分配でないものを誤まつてその利益の分配であると誤認した違法があるに過ぎず、その瑕疵は外観上明白ということができないから無効となることはない。

原告主張のように違法があることだけで当該行政処分を無効とするならば違法な行政処分に対する救済手段として出訴期間及び訴願前置の要件の下に取消訴訟を認めた行政事件訴訟特例法第二条の規定は適用する余地がなくなり空文となつてしまうことになる。

(三) 本件徴収処分は違法でない。

(1)  所得税法第四十二条第三項の「匿名組合契約等」というのは商法上の匿名組合契約だけでなく、これに準ずる契約を包含することは原告の挙示する同法第一条第二項第三号、施行規則第一条第二項第三号の規定から明らかである。そして同・法第四十二条第三項の規定から明らかである。そして同法第四十二条第三項の規定は破産者のように匿名組合契約ないしはこれに準ずる契約方式によつて一般大衆から資金募集する金融業者が隆盛を極めた昭和二十八年になつて、匿名組合契約等の利益の分配に対する課税がこれを受ける多数の出資者を一々確認することが行政上困難であるという事情のため不適正となるおそれがあつたので、利益を分配する金融業者に源泉徴収義務を課することとして立法されたのである。ところで本件契約は後記のとおりすくなくとも匿名組合契約に準ずる契約に該当するから、商法上の匿名組合契約の要素を具備していないからといつて所得税法上の匿名組合契約に該当しないとすることはできない。

(2)  本件契約はすくなくとも匿名組合契約に準ずる契約である。

(イ) 破産者は出資を勧誘するため宣伝ビラ、パンフレット等を配布し新聞に広告したが、出資者はこの申込の誘引にあたる文書をみて出資を決意したものであるから本件契約の内容を知るためにはこの誘引文書は極めて有力な資料である。ところでこれらの宣伝ビラ、営業案内或いは新聞広告には、「皆様から現金又は株券の御投資を受け毎月二分の配当により利殖する」「組合員に対する配当は皆様が当会の組合員になつて御出資頂くとともに、月二分の配当を御約束することによつて定まるのであります」とか、「アメリカの投資銀行の形態にならい商法の匿名組合にもとずいた全国的一大組織網を有しています」、「本会は(中略)商法の匿名組合の規定に基いて営業して居ります」、等終始一貫して「投資」又は「配当」の文字を使用し一見して本件契約が匿名組合契約ないしは利益配当を目的とする投資契約であることを理解させるにたる記載があり、原告等主張のように「寄託」とか「利息」とかの文字は全然見出すことができない。

(ロ) 出資を勧誘した外交員は、出資金をテレビ等を作つている有力会社に投資して莫大な配当を受けたり、株式の売買で儲けたり、不動産に投資して利益をあげ、これから経費を差引いた利益を出資者に配当する。つまり投資してもらつて破産者は毎月三分宛配当するといつて勧誘し、営業所には商法の匿名組合に関する規定の抜粋を店頭に掲げ、営業所でも破産者は匿名組合契約に基いて出資してもらつて利益を配当する組織であると説明していること。

(ハ) 原告主張の本件契約の約款にも「当会は表記出資額に対し所定の配当をします」(一(三)(2) (ハ))とあつて本件契約が利益配当を目的とする契約であることを明らかにしている。

(ニ) 破産者は昭和二十八年八月所得税法第四十二条第三項が施行されると同年八月中に支払つた配当に対する源泉徴収所得税額の一部として、その納付期限前に自ら金二〇〇万円を納入し本件各徴収処分に対してもなんらの不服の申立をしていないこと。

(ホ)破産者は出資者に対し、昭和二十八年八月一日から配当金に源泉徴収所得税が課せられることになつたが、匿名組合の特質は認められていると通知していること、

これらの事実から事実から当事者双方はすくなくとも匿名組合契約に準ずる利益配当を目的とする出資契約締結の意思をもつて本件契約を締結したことは明らかである。即ち、出資者は前記内容の契約の申込の誘引によつてその内容と同一内容の契約を申込んでおり、破産者も右のような契約の誘引をし、出資者からの申込に応じて契約を締結しているからである。また破産者が原告等主張のような消費寄託契約ではなくして利益配当を目的とする契約としたのは(A)破産者が他日事実上の失敗等のため予定の高率の配当をすることができなくなつた場合に配当率を変更する余地を法律上存しておく必要があつたこと、(B)銀行法によつて正当の金融機関でないものが無担保で一般大衆より資金を受ける預金類似行為をすることを禁止されていたこと等を考えあわせると容易に理解できるのである。

(3)  破産者に利益が生じなくても、利益の配当として支払われた以上は源泉徴収の対象となる。

利益の配当として支払われた以上は、出資者が所得を獲得したことになるから源泉徴収の対象とすべきことは税法の解釈上明らかなことであつて、破産者に現実に利益を生じたかどうかは問わないところである。そして本件契約がすくなくとも匿名組合等に準ずる契約であることは(2) 記載のとおりであるから、本件契約に基いて破産者が出資者に支払つた金員か利益の配当であることも明らかである。

(4)  このように破産者が本件契約に基いて支払つた金員が所得税法第四十二条第三項所定の匿名組合契約等に基く利益の分配にあたることは明らかであるから、本件徴収決定はなんら違法はない。

三、被告主張事実に対する答弁として原告等の陳述した事実

(一) 被告主張事実はすべて争う。

(二) 被告主張(二)(本件徴収決定には明白な瑕庇があるとはいえないから無効でないとの主張)に対して。

被告主張の議論は形式論であり旧来の因習に捉われ、行政処分が原則として正当であるという前提にたつ行政万能主義に基き、国民の権利を無視した謬論であつて、課税対象とならないものを課税の対象とすること自体重大な違法であつて無効である。仮りに被告主張のようにかしが明白であることを必要とするとしても本件徴収決定の瑕庇は明白である。即ち本件契約が匿名組合若しくはそれに準ずる契約でないことは前記の諸事実からして明らかとなるものであるからである。

(三) 被告主張(三)(本件徴収決定が違法でないとの主張)に対して

(1)  仮りに破産者の宣伝ビラ、営業案内、新聞広告に被告主張のような文言が便用されていたとしても、これらの文書は宣伝或いは誘引にすぎず本件契約の性質を決定するのに主要なものではない。本件契約の内容は約款によつて定められているのであるから、宣伝ビラや営業案内によつて本件契約の性質が定められるべきものではない。又「投資」或いは「配当」の文言は、「金銭の交付」「一定の対価の支払」の意味で使われていることに注意すべきである。

(2)  破産者が被告主張のように昭和二十八年八月に支払つた配当に対する源泉徴収所得税を自ら納付した事実があつたとしても、このことから本件契約の法律上の性質を確定したことにはならない。当時破産者は本件契約による資金の吸収が貸金業法、銀行法、信託法等に違反しないかということを憂慮しており、且つその事業の法制化のために狂奔していたのであつて、本件処分に対して不服の申立をすることができない事情にあつたからである。

(3)  被告は本件契約の性質を専ら破産者の側からみて立論しているが、これは楯の両面をみない片見的議論である。

本件契約は双務契約であつて事業者たる破産者と多数の出資者との間に締結されたものである。破産者はその事業の本質等を別に法律的に確定する必要はなくその目的は多額の資金の蒐集にあつたのであつて、その法律上の性質がなんであるかは別に関知するところではない。本件契約を締結するさいには一定率の金員を受けいれこれに対して毎月一定率の金員を支払うこと及び満期に元本を返還することだけを要素としており、利益がなければ利息の支払を拒み、欠損があれば満期に元本を返還しなくてもよいというような意思は全然なかつたのであり、出資者即ち寄託者も、一定の金員を寄託すれば確定の利息を得られ満期に必ず元本をかえしてくれるとの利意思で契約を結び、破産者と事業をともにするとか、その利益の配当をうけるとかの意思がなかつたことは前記のとおりである。これが本件契約の本質を決める最も重要なものである。このような本件契約を匿名組合契約又はこれに準ずる契約などということは事実を無視し当事者の意思を曲解したものである。

第三証拠の申出〈省略〉

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